人口減少が進む地方都市が、企業版ふるさと納税とカーボンクレジットを活用し、持続可能な未来を描いています。
今回は、普段あまり触れないジャンルですが、ちょっと面白かったのでこれを題材としたいと思います。

記事の説明
三重県尾鷲市は、消滅可能性自治体に認定されるほどの人口減少と高齢化の課題に直面しています。特に、市の面積の92%を占める森林は、適切な管理が行われず荒廃が進み、林業は採算が取れない状況に陥っています。
このような課題を解決し、持続可能な地域づくりを目指すために始まったのが「みんなの森」プロジェクトです。このプロジェクトでは、企業版ふるさと納税とカーボンクレジットを活用し、森林の若返りと生物多様性の回復を進めるという新しいアプローチが取られています。
この取り組みの背景には、尾鷲市水産農林課の課長・芝山有朋氏と、Next Commons Lab(NCL)の代表・林篤志氏の出会いがありました。芝山氏は、尾鷲市役所で長年地域活性化に尽力してきたものの、人口減少と経済の衰退が止まらない現実に直面し、従来の行政施策の限界を感じていました。そんな中、林氏が提唱する**「住民自治」や「ローカルコモンズの再生」**という考え方に共鳴し、NCLと協力する形で「みんなの森」プロジェクトが動き出しました。
企業版ふるさと納税で資金を獲得
プロジェクトが大きく動いたのは、2021年1月にヤフー(現LINEヤフー)が発表した「地域カーボンニュートラル促進プロジェクト」への応募がきっかけでした。これは、企業版ふるさと納税を活用し、脱炭素に資する地方の取り組みを支援するものでした。尾鷲市はこの制度を活用し、「みんなの森」プロジェクトの提案を行い、2600万円の寄付金を獲得しました。
これをもとに、2022年1月から「みんなの森」の整備が始まりました。最初の3カ月間では、以下のような作業が行われました。
- 間伐材の搬出(伐採した木がそのまま放置されていた)
- シダなどの下層植生の刈り取り(森の健全な成長を促進するため)
- 水の流れを改善(土砂が堆積し、水脈が失われつつあった)
また、同時に「ゼロカーボンシティ宣言」を行い、森林再生を脱炭素社会の実現と結びつける方向性を打ち出しました。
森林のゾーニングと生物多様性の回復
プロジェクトの第二弾として、尾鷲市の1万7000ヘクタールの森林を「経済的な森」と「生物多様性を守る森」にゾーニングする計画が進められています。
- 経済的な森:従来の林業を継続し、木材の生産性を向上
- 生物多様性の森:適切な管理を行い、CO2の吸収と生態系の保全を重視
2023年には、三ッ輪ホールディングスが企業版ふるさと納税で2500万円を寄付し、新たな森林再生活動が始まりました。この寄付により、森林を活用した環境教育プログラムの開発も進められています。
環境教育としての「みんなの森」
「みんなの森」では、単に森林を管理するだけでなく、子どもたちが自然の中で学ぶ場としても活用する計画があります。
尾鷲市は、2050年の脱炭素社会を見据え、子どもたちに気候変動や環境問題について学ぶ機会を提供する学校を作ろうとしています。現時点では一条校(正式な学校)ではなく、フリースクールとして開校する方針です。
- 環境教育を通じて、未来の地域の担い手を育成
- 卒業後も企業と連携しながら学び続ける仕組みを作る
このような教育プログラムは、単なる森林保全ではなく、地域の未来を見据えた取り組みとして注目されています。
J-クレジットの活用と持続的な資金調達
現在、尾鷲市ではJ-クレジット制度を活用した資金調達にも力を入れています。
J-クレジットとは、CO2の吸収量や排出削減量を数値化し、企業が購入できる形にする制度です。尾鷲市は2022年5月からJ-クレジットの認証に向けた準備を開始し、森林整備によるCO2吸収量の計測・算定を進めています。
これが認証されれば、「みんなの森」で吸収したCO2を企業に売ることで、継続的な収益を確保できるようになります。
すでに、ヤフーは年間500トン分のクレジットを10年間購入する意向を示しており、サカイ引越センターやディップなどの企業も関心を示しています。
高村の考え
尾鷲市の「みんなの森」プロジェクトは、気候変動や人口減少といった大きな課題に対して、地域資源を活かしながら独自の解決策を模索する好例です。地方の自治体が企業版ふるさと納税やカーボンクレジットを活用することで、これまで資金調達が難しかった持続可能な森林経営を実現しようとしている点は非常に興味深いです。
特に注目すべきなのは、資金調達の多様化です。通常、地方自治体の森林事業は補助金頼みになりがちですが、尾鷲市は企業版ふるさと納税を活用し、さらにJ-クレジットの販売を視野に入れています。これにより、一時的な資金ではなく、持続的な財源を確保しようとしている点が革新的です。
また、環境教育にも力を入れている点も評価できます。「みんなの森」を単なる森林再生の場ではなく、次世代を育成する場として位置づけることで、地域の未来につなげようとしていることがわかります。人口減少が進む地方において、子どもたちが地域に愛着を持ち、将来的に地域で活躍する仕組みを作ることは非常に重要です。
このプロジェクトが成功すれば、全国の消滅可能性自治体にも応用できる可能性があります。今後の進展に注目し、どのような成果が出るのかを見守っていきたいところです。